はじめに
湖沼は大地の鏡 湖沼は人間が容易に利用できる大量の淡水を保有しています。さらに、湖沼は、自然湖、人造湖(貯水池)を問わず、ドラマチックであるとともに、我々にとって非常に身近な地球の景観となっています。また湖沼は、生態系として広範な産物やサービスを提供して人間の生活や重要な経済活動を支えてくれています。この地球上には面積1ヘクタール以上の自然湖が2700万ほどあると推定されており、その中の最も大きな17の自然湖の面積を併せると100万平方キロメートルにも達します。さらに面積1ヘクタール以上の人造湖が50万あると言われています。これらを併せると、湖沼は、この瞬間に、地球上の液状の淡水の90%以上を有していることになります。湖沼は、人間が容易に利用しやすい重要な静水システムとして、他のどの淡水システムよりも広範に人間活動に利用されています。一方で、このことは湖沼を水利用において最も紛争の影響を受けやすいものにしています。湖沼にはいくつかの固有の特性があります。中でも、1)水の長い滞留時間、2)流入してくるすべての水や物質を統合する性質、3)人間活動に対する非線形的な反応、などは湖沼の正確なアセスメントや有効な管理を難しくしています。事実、湖沼は、流入してくる水やそれを通して運ばれる物質のすべて受け入れる“流し台”のような役割を果たしているので流域内の人間活動の影響を図る重要なバロメーターとなっており、湖沼の劣化は、しばしば淡水管理の対策に取りかかるきっかけとなるのです。
国際越境水域評価プログラム(TWAP)とは?
国際越境水域評価プログラム(TWAP) とは、地球環境ファシリティ(GEF: Global Environmental Facility)の資金援助を受けて実施される国際的なプロジェクトのひとつで、5つの主要な越境水域システム(湖沼、河川、地下水、海洋生態系、海洋域)を地球規模で評価し、それぞれの水域ごとに人間活動の影響に対する脆弱度をランク付けすることを目的としています。GEFは、この地球規模の評価結果を基に、彼らが実施する国際水域プログラムの取組の優先順位を定め、GEFの資金を最も有効に配分したいと考えています。
湖沼グループの活動
ILECは、TWAPの中規模プロジェクト(2009年6月~2011年3月)において評価方法を策定しました。その後2013年4月に国連環境計画(UNEP)と連携して、GISの手法を活用して流域を解析し、重要な指標と組み合わせて流域をランキングするTWAP-大規模プロジェクトに着手しました。 このプロジェクトは滋賀大学境総合研究センター とテキサス州立大学(米国)水域研究所との協力の下、進めています。
専門家会合
ILECは、TWAPの湖沼(と貯水池)に係わるグループ作業部会を設置し、これまで以下のような湖沼グループ専門家会合を開催しました。
- プロジェクト発起会合(2013年5月、ILEC)
- 東・東南アジア専門家会合(2013年7月、クアラルンプール、マレーシア;マレーシア陸水高等研究所と共催)
- 西アフリカ・ヨーロッパ・中央アジア専門家会合 (2013年9月、ペルジア、イタリア)
- 中央アジア協議会合(2013年11月、ILEC)
- 中央アメリカ専門家会合(2013年12月、グアダラハラ、メキシコ;コラソン・デラ・チィエラ(NGO)、グアナファト大学と共催)
- 南アメリカ専門家会合(2013年12月、リオデジャネイロ、ブラジル)
- 南アジア専門家会合(2014年1月、ニューデリー、インド;チリカ湖開発公社と共催)
- アフリカ専門家会議(2014年2月、ナイロビ、ケニア)
- 南アジア・東南アジア地域におけるLMEグループとの協議会合(2014年3月、マニラ、フィリピン、ラグナ湖開発公社と共催)
さらに、中央アジア・西アジア、および西アフリカ地域を対象とする専門家会議を予定しています。
主要な活動と成果
湖沼グループの主要な活動とこれまでの成果は以下のとおりです。
- 活動-1:越境湖沼流域の画定と解析のために必要なデータの収集
- 現在までに約160のGEFが対象とする越境湖沼と約50のGEFの対象ではないが重要な越境湖沼について、GISの手法を用い、リモート・センシングや標高データを活用してその流域を画定しました。
- 湖沼・貯水池流域の人間活動に対する脆弱性を評価するための指標を選定し、地球規模のデータベースとGIS技術を活用して流域ごとの指標の値を確定中です。これらの指標の相対的な重要性は亜大陸や地域ごとに検討を進めていきます。
- 活動-2:亜大陸・地域の問題や課題の特定と特性の把握
- 対象とする越境湖沼流域とそれらに近接する河川、地下水、および海洋沿岸生態系のGIS画像を重ね合せることにより、世界の亜大陸や各地域におけるそれらの間の水文的な繋がりを明らかにしました。
- 生物多様性のホットスポット、土地劣化、土地利用などのデータを集め、亜大陸や地域のGIS画像に重ね合せることにより、水に関連する諸問題をより明確にするとともに、各亜多離陸や地域の特性の把握に努めました。
- 活動-3:越境湖沼流域の現状や管理上の課題をアセスするための枠組みや方法論の開発
- DPSIR(Driving forces=機動力、Pressure=圧力、State=状態、Impacts=影響、Responses=対応)のアプローチを生態系の資源提供/文化的/調整的/基盤的サービスに適用し、“人為的なストレス―生態系の劣化―生態系サービスへの影響”を評価するアセスメントの枠組みの確立。
- 意思決定の科学的方法である階層分析法(AHP: Analytical Hierarchy Process)や多基準分析を組込んだ解析手法の確立。
- GIS(地理情報システム)やリモート・センシングを用いた流域ごとの指標値のコンピュータ計算とアンケート手法によるインターバルケールの評価を組み合わせた総合的な解析手法の実施。
評価結果
概要
- 湖沼グループはアメリカ航空宇宙局の地球規模データベースの分析を用いて206の越境湖沼を抽出しました。しかし、越境湖沼流域の大部分には不十分なデータしかなく、越境湖沼流域の範囲を画定するために、地理情報システムベースの空間解析と標高モデルの計算が必要でした。
- 最も注目すべき湖沼を特定するために206の調査対象越境湖沼を、面積、人口密度および温度の条件に基づいて、53の湖沼に絞り込みました。それらはアフリカでは23、アジアでは8、ヨーロッパでは9、南米では6そして北米では7の越境湖沼となりました。
- 人間の水の安全保障(HWS)脅威と生物多様性保安(BS)脅威、23の駆動的要因、20以上の選別変数からなる指標から導かれた値に基づいて、相対的な湖沼の脅威ランクを計算するためのシナリオ分析プログラムを開発しました。 23の駆動的要因はVorosmartyたちにより2010年に説かれ、集水域擾乱、公害、水資源開発、生物学的要因のテーマ分野でグループ分けされています。
- LAKES(Learning Acceleration and Knowledge Enhancement System)という広範な文献データベースを持つ知識ベースのシステムを用いて、湖沼の脅威に対処するための状況、可能性、優先度に関するより正確な結論を導きました。
- 脅威ランキングを計算するために特定の選別基準を選択するためのシナリオ分析プログラムを組み合わせて使用しましたが、ランク付けをする利用者の意図が反映されない限り、計算されたランクが越境湖沼の比較に誤解を招く可能性があることが明確でした。
- 越境湖沼については、ランキングの過程において社会的基盤への投資を反映した人間の水の安全保障(Adj-HWS)と生物多様性保安(BS)の脅威の程度、そして人間による開発指数(HDI)に異なる相対的重要度(重み)を割り当てパラメトリック感度分析で評価しました。
- これら複数条件によるランク付けにより、どの湖沼が地球環境ファシリティ(GEF)による管理介入の恩恵を受ける可能性が最も高いかに関する手引きを提供しました。
特筆すべき重要な結論:
湖沼の脅威ランクは、異なるランク付け基準あるいは前提条件が分析において異なる重要性(重み)を割り当てられたときに、大幅に変化する可能性があります。 また正確で有意なリスク評価には、相互関係のある科学的、社会経済的、ガバナンスの問題を考慮する必要があります。 相対的な湖沼の脅威を有意義に理解するための適切な状況の選択は、ランキング結果の利用者の任務です。
湖沼の比較分析に必要な湖沼内データを含む地球規模での一様な湖沼データが著しく不足しているため、国際的な水社会は、上流と下流とのつながりを含む湖沼やその他の静水系に焦点を当てた知識ベース開発を行うよう強く求められています。 気候変動の影響や漁業の脆弱性など、地球規模の問題に影響を及ぼす湖沼の役割に関する知識が増えることは、国際水域での議論にもつながります。
湖沼グループの開発したシナリオ分析プログラムには、利用者が特定のランク付け変数を選択し、結果を解釈するための適切なコンテキストを開発することを可能とする評価過程を含んでいます。 このことはランク付けをすること自体と同様に越境湖沼評価にとって重要な役立ちとなります。
越境水システムの水文学的および管轄の関係とその定義上の特徴が考慮されれば、今後の越境水域評価はより有用で現実的になります。 したがって、今後の越境評価ワーキンググループには、各越境水域活動の代表者が集って取り組むことが必要です。
今後の越境評価に関連する活動は、国連や他の国際機関の将来プログラムにある程度組み込むことができますが、評価を行うためには、十分で持続可能な財源と協調的な制度的支援が核となる要件になります。
国際湖沼環境委員会(ILEC)は、静水システムの問題に容易に取り組むことができない統合的水資源管理(IWRM)の欠点に対処するために統合的アプローチ(統合的湖沼流域管理 ( ILBM ) )を開発しました。 これは制度的な責任、政策の方向性、利害関係者の参加、科学的および伝統的知識、技術的な可能性、資金調達の見通しと制約に対する継続的な取組みにより、越境湖沼であるかどうかに拘わらず、流域ガバナンスの漸進的、継続的および全体的な改善を実現するものです。そして水資源への考察を厳密な流体力学と流体静力学による物理的な状況から、生態学的および人為的な淡水の表現として、静水と動水のつながりを含む人間と自然の相互作用の進化的かつ歴史的な領域にまで広げています。 ILBM枠組みの概念は持続可能な生態系サービスに焦点を当て、湖沼流域ガバナンスを改善するための利害関係者の共同行動のプラットフォームまたは仮想段階を表し、それによって既存のIWRMアプローチを補完します。
評価結果の詳細
評価方法、評価結果およびデータの詳細はこちらで見ることができます。
パートナーへのリンク
TWAPの概要については、同プロジェクトウェブサイトを, TWAP湖沼グループのより詳しい情報はILECのウェブサイトのほか、テキサス州立大学(米国)水域研究所をご参照願います。